•  

音情研20周年に寄せて

早いもので音楽情報科学研究会(音情研)が来年度で20周年を迎える.とは言っても情報処理学会の研究会となってから20年ということであり,音情研としての歴史はさらに8年遡ることができる.任意団体として発足して間もなかった音情研の集まりに,私が始めて参加したのは1986年8月に八王子セミナーハウスで開催された合宿形式のセミナーであった.このとき夜通し続いたディスカッションは,当時学生であった私には強烈であり,また新鮮でもあった.このセミナーへの参加がきっかけとなり,まもなく私は音情研に入会することになった.そして,このセミナーが毎年恒例の夏のシンポジウムと夜のディスカッションの始まりでもあった.

このように,任意団体時代の旧音情研にルーツを持ち,現在の音情研にも引き継がれていることは他にもある.例えば研究会の名称である「音楽情報科学」もその1つである.研究会の名称を音楽情報や音楽情報処理でなく音楽情報科学とした背景には,音楽という対象を計算機を用いて処理するという情報の立場だけでなく,音楽を情報科学的に研究するという立場,すなわち情報科学の分野で得られた技術や知見を音楽学などの分野に還元し,音楽を研究する音楽学者を技術的にサポートしてゆくコミュニティーとしたいという想いがあったと聞いている.

情報と音楽という境界領域を研究対象とする音情研にとって,情報系だけでなく音楽・音楽学系の研究者の存在は重要である.現在の音情研では明らかに情報系の研究者が大多数であり,多数派がそれなりのエネルギーを費やして努力しない限り,少数派は次第に駆逐されていってしまうだろう.音楽情報科学研究会から音楽の専門家がいなくなってしまったら,音楽を趣味とする計算機屋だけの集まりとなってしまうのではないか・・・そうならないためにも,Intercollege やRencon のようなプロジェクトを継続していくことは重要だし,このような音楽系の研究者と情報系の研究者が協力して行うプロジェクトを今後も展開して行って欲しいと思う.

一方,旧音情研から引き継いだが消えてしまったものもある.旧音情研で発行していた会報には例会の質疑などの記録を掲載していた.これは当日研究会に参加できなかった会員や幽霊会員にとって,例会の様子を伺い知ることができ便利なものであった.研究会移行後も質疑の記録や事務連絡などを行うための「音情研のページ」として研究会報告に掲載していた.いや,正確には掲載できるよう情報処理学会と交渉して実現したのだが,記録作成メンバが固定化したことによる負担集中や印刷費用圧縮の流れに逆らえず廃止となってしまった.気が付けば紙媒体の研究会資料自体がなくなってしまったが.

音情研のページが廃止された経緯にも通じるが,情報処理学会の研究会に移行した大きな理由の1つが会員数の増加に伴う事務作業の増大にボランティアベースの運営が限界に達してしまったことであった.情報処理学会の研究会になれば会員管理から研究会報告の印刷・発送までの事務作業を全て情報処理学会に委託することができたが,その対価として年会費(登録費)の負担増が必要であった.年会費の負担増による会員の離脱,特に情報処理学会の非会員である音楽系会員や趣味的に参加していた会員の離脱を食い止めるためにも会費補助を行うことになったが,その原資となった研究会埋蔵金は年々減少し続けた.その対策として,収益事業としてのチュートリアルを企画したが,当初目論んだほどの収益は上がらなかった.しかし,入門的なレベルのチュートリアルを実施したことで,音楽情報処理の基礎技術を共有し,若い人の新規参入を促して研究者の裾野を広げるという点では効果があったのではと思っている.任意団体時代からの音情研の伝統の1つは若手を中心とした運営である.音情研をゼロから立ち上げ,200人規模の研究会にまでボランティアベースで育て,ある意味無謀とさえ思えたICMC93まで実施出来たのは,若気の至り,若者ゆえの無鉄砲,若いエネルギーの賜物であったのではなかろうか.

音情研が設立された頃と比べて,音楽とコンピュータの関係はますます密接で重要になってきている.音情研はますます発展するであろうし,またそうであって欲しい.しかし音楽は衣食住のように人が生きていくのに必ず必要なものではないため,多かれ少なかれ遊びの要素を含むし,またそうでなければ楽しくないであろう.私も一時期民間企業に籍を置いたことがあるが,比較的自由な研究風土の研究所であっても,やはり利益・利潤を完全に無視した研究はし難いものである.遊びの要素を持つ音楽研究を,如何に社会に貢献できるかとか利益に結び付けるかを考えて常に研究するのは大変であるし,そのために研究テーマを制限しなければならないとしたら残念である.かつては若手であった旧音情研の設立メンバの中からも還暦・定年の声が聞かれるようになり,時の流れを感ぜずにはいられない.我々シニアの役割は,音情研の未来は若い人達に託し,若手が自由に研究できる環境を提供し守り続けることである.大学に籍を置くものとしては,残された時間を音楽情報の旗印を挙げ続けることが音情研への一番の貢献である.などと,あまり余り勝手なことを書きすぎるのも老害の元なのでこのくらいにしておいた方が無難そうである.

  •