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音楽と健康増進

私も生まれたときから音楽を楽しんできたと思う。母はピアノ、歌、バイオリン、マンドリン、ギター、チェロなどに親しみ、父は極度な音痴ながらカラオケが好きだった。妻はピアノとバイオリン、こどもは替え歌が好きだ。私も以前はピアノやバイオリンを習ったり音情研でハミング検索の研究を発表したりしていたが、今は競技ダンスで音楽に親しんでいる。「女はね、ダンスを踊ると男性が何を考えているかすぐ分かるの。いい加減な気持ちの男にはとことん追いかけて思い知らすの。」介護実習で出会った認知症の女性は私を見てとくとくと語った。私はそのようないい加減な男に見えるのだろうか、内心ドキドキしながらも、「一緒に踊っただけで何を考えているか分かる」というのはどういうことだろうか?と考えた。

最近、「人」による対面サービスの一つである介護や看護の現場に行くことが多い。製造業の工場では、様々な機械が製品を作り上げていくが、このようなサービスの現場では従業員という「人」が連携して価値を提供している。このときのサービス品質は、従業員のスキルだけでなく人柄やそのときの気分、客との相性、客の嗜好や事前期待などに基づき、客が主観的に評価する。
特に従業員が生き生きと仕事しお互いに共感を持って連携してサービスしている様子は見ているだけでも楽しくなる。介護や看護の現場でも従業員コミュニティがうまくいっていると、信頼感、安心感を感じる。従業員がどのような気持ちか従業員コミュニティが良い雰囲気かは、一緒にダンスを踊るとその人物が分かることと同様に、そのサービスの現場に入ると流れている音楽や飛び交うやり取りからすぐに感じ取れる。

「お兄ちゃんは頭で踊ってるね」、彫刻家の妹が言った。私はここ3年ほど競技ダンスの試合に出ているが、先生からは未だに「心の鎧が取れていないですね」と言われる。実際、どのようにダイナミックに身体の各パーツを制御するか頭で考えながら踊っていることが多く、競技会のような勝負の場において楽しくのびのびと踊ることはなかなか難しい。理想としてはワルツやタンゴなど、音楽の雰囲気に合わせた気持ちで、動きと表情を即座にデザインし踊りたいものだ。うまく音楽に乗って踊っていると、気持ちが整い身体全体の統合された動きが実現することもある。

9 西村
図1:友達のために無償で制作されたなめこたち

「人」基点のサービス品質を上げるために、標準化や規格化による低コスト化、及び「気付き」「共感」など人間力の向上が行われる[1]。後者に関しては、従業員が日々の朝礼の中で理念書を読み上げ、自分の過去のサービス行為と照らし合わせて反省点や改善点を話し合うような「理念」の実践がなされることが多い。筆者らが進めている、現場参加型開発(システム導入時に現場が主体的に現状の業務フローを改良しシステム仕様を決定)でも現場コミュニティの育成ワークショップを検討中だ。

親は子を無償の愛で育てる。対価は期待しない。他人へ親切にすることも自然に嬉しいことが多い。スポーツや趣味のサークル活動でも、各メンバが自分の得意なことを喜んで提供し対価を期待しない。本来、お互いにサービスすることは嬉しいことなのだろう。(図1)音楽を作り演奏し聴いてもらうこと、音楽に乗って踊ること、これらは有償の場合もあるが、多くの場面で無償のサービスとして様々なコミュニティで実施されている。剣道などの武道、各種スポーツや茶道などの「道(どう)」を極めていくと、同じような境地に達すると言う話しを良く聞く。私のダンスの先生も宮本武蔵の五輪の書を読むように私にアドバイスした。どんな職業や趣味、家事でも極めれば、人間力が高まり同じような境地に達するのかもしれない。

音楽がこれほど身近なのは、人の精神的、肉体的な基盤と関係するのではと思う。音楽で認知症に良い効果をだそうとする研究[2]もあるが、音情研研究者は日頃から健康増進され医療費や介護保険費用が低いという調査結果が将来出てくるのではと期待している。

[1] 赤松幹之, 新井民夫, 内藤耕, 村上輝康, 吉本一穂 監修: サービス工学―51の技術と実践―, 朝倉書店 (2012)
[2] 大島千佳, 中山功一, 安田清, 伊藤直樹, 西本一志, 細井尚人, 奥村浩:認知症患者のための音楽療法システムの提案, 1A1-NFC1a-3, 2011年度人工知能学会全国大会 (第25回) 講演論文集 (2011)

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