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音楽情報科学研究会 2007-2008年度 主査
後藤 真孝 (産業技術総合研究所)
(2007年9月)

■音楽情報科学研究会(音情研)とは

音楽情報科学研究会は、1985年に任意団体として出発し、1989年からの情報処理学会研究グループを経て、1993年から情報処理学会の正式な研究会となった。「音情研(おんじょうけん)」ある いは「シグムス」と呼ばれることも多い。年5回開催されており、音楽に関する信号処理、採譜、音源分離、識別、分析、理解、検索、推薦、流通、同期、変 換、要約、作曲、編曲、演奏、楽音合成、生成、支援、符号化、視覚化、ユーザインタフェース、データベース、アノテーション等の様々なテーマが発表されて いる。

■音楽情報処理の研究を始めませんか?

近年、音楽情報処理・音楽情報検索分野の研究者が世界的に増えている。例えば、音楽情報検索に限っても、世界では2004年以降50人の新博士が 誕生した[1]。国内外で活発に研究されるようになった背景には、計算機の進歩、インターネットの普及、MP3等の音響圧縮技術の標準化、オンライン音楽 配信の開始等によって、個人が多数の楽曲を計算機上で容易に扱えるようになり、数万曲を携帯型音楽プレーヤに入れて、いつでもどこでも手軽に持ち歩ける時 代になったことが挙げられる。聴き放題の定額制音楽配信サービスも登場し,好きな曲を好きなときに好きな場所で好きなだけ聴ける時代が到来しつつある.

関連成果が発表される国際会議の数もISMIR, ICMC, ICMPC, NIME, ICASSP, WASPAA, DAFx, AXMEDIS, ICOMCSのように増え続けており、分野の重要性から大型予算による研究プロジェクトも欧米や日本を中心に次々と生まれている。学際的な領域で様々な技 術分野と関わりが大きいため、他の分野から参入する研究者も多く、音声認識、機械学習、信号処理、画像処理、データベース等に携わっていた研究者も活躍し ている。まだまだ未解決の研究課題も多く、音楽情報処理の研究を始めるのは今がチャンスである。

具体的な研究課題の紹介は、文献[2]〜[6]が参考になる。以下、その一部を、過去の山下記念研究賞の受賞発表をすべて列挙しながら紹介する。

  • 二つの異なる音源で構成された混合音中の各音をブラインド音源分離する技術 (1994年 植田護)
  • 楽器と演奏者に様々なセンサーを付与することで演奏中の表現力を増強する技術 (1995年 金森務)
  • 人間と計算機との即興演奏中にマルチモーダルなインタラクションを可能にする技術 (1997年 後藤真孝)
  • メロディーを口ずさむことでその楽曲を検索する「ハミング検索」技術 (1999年 園田智也)
  • 人間と即興で合奏できる計算機上の仮想演奏者を学習に基づいて実現する技術 (2001年 浜中雅俊)
  • 楽譜相当のシンボル情報から音楽理論に基づいて音楽の要約を自動生成する技術 (2003年 平田圭二)
  • 様々な楽器音による混合音中の各音の音高(音の高さ)と音源数を推定する技術 (2005年 亀岡弘和)
  • 様々な楽器音による混合音中のドラム音を認識し、ドラムパターンを推定する技術 (2006年 吉井和佳)
  • 歌声とその伴奏音が混合した音楽音響信号とその歌詞を時間的に対応付ける技術 (2007年 藤原弘将)

■音情研を活用しませんか?

この分野特有ではないかも知れないが、「音楽情報処理を研究したいけれど、身近に同分野の研究者がいなくて相談できなくて困る、入門書が少なくて 困る」というケースをしばしば見聞きする。そういうときこそ音情研が活用できる。音情研は初心者や他分野の研究者とオープンに交流する雰囲気があり、気軽 に聴講参加したり発表したりして相談できる。

発表には文献調査が不可欠だが、国内の関連研究は音情研で発表されていることが多く、過去14年間の研究報告は学会の電子図書館でオンライン閲覧 できる。同時に主要国際会議の文献調査も必須だが、Web検索サービス等により、関連研究の調査が以前よりも効率的になった。それでも的確かつ網羅的な調 査はなかなか困難である。そのときは、調べた文献リストを手に参加して、「文献調査でここまでは自力で調べたけれども、漏れがあるかも知れないので、他にもありませんか?」と聞いて音情研を活用すると有意義だ。

図1: 音楽情報科学研究会の登録者数の増加

■盛り上がりつつある音情研

世の中で音楽情報処理に対する関心が高まり、世界中の同分野の研究者が増加したのと同期して、音情研の登録者数も増え続けている。1993年以降 の研究会登録者数の変化を図1に示す。特に2000年以降の増加が目覚しく、2007年6月の時点で413名(うち学生会員49名)の規模となった。研究 発表会の発表件数、参加者数も増えている。例えば、泊り込みの研究会で発表が例年多い8月(あるいは7月)の研究発表会(通称、「夏のシンポジウム」、 「夏シンポ」)での発表件数は、近年、表1のように増えた。1990年代に主流だった作曲・演奏・楽音合成以外の発表が増えたことも一つの要因である。

表1: 夏シンポ(夏の研究発表会)での発表件数の増加

開催年 2004年 2005年 2006年 2007年
発表件数 14件 16件 22件 30件

ここで、音情研の年間スケジュールを簡単に紹介する。前述のように年5回(例年は5、8、10、12、2月に)開催されているが、8月は「夏シン ポ」で一番盛り上がり、毎年この参加を楽しみにしている常連も多い。なお2003年からは、聴衆の投票によって「夏シンポベストプレゼンテーション賞」が 選ばれるようになった。12月(2008年は変則的に9月開催予定)は例年インターカレッジ・コンピュータ音楽コンサートと共催しているために他の発表会 とはやや雰囲気が異なり、コンピュータ音楽[7]に関する作品制作関連の発表の割合が高いのが特徴となっている。5、10、2月は単独開催や共催 (SIGSLP、SIGHI、SIGEC、日本音楽知覚認知学会、日本音響学会音楽音響研究会等)が多く、一日開催で気軽に参加できる機会もある。

さらに近年の音情研では、研究分野の広がりと深さを支えるために様々な新企画が開始され、盛り上がっている。2004年からは、若手が中心となっ てデモセッション(図2)が毎年企画され、いろいろなシステムを体験できることから人気を集めている。2006年からは招待講演の連続企画が始まり、年に 数回、興味深いご講演を頂いている。2007年からは、過去2年間に博士学位を取得した「新博士によるパネルディスカッション」企画も始まった。これから 学位を取得する後輩に向けたアドバイスや、音楽情報処理にかける情熱、問題意識、ビジョン等に関するとても有意義な議論がなされている。

図2: デモセッションの様子

10年前には,音楽情報処理は「遊び・趣味」でなく「研究」であることを認めてもらうための説明が必要だったのに対し、今日ではそれが重要な研究 分野であることが広く認知されるようになった。音響処理と記号処理の融合、ノンバーバルコンテンツ処理、混合音の統計的信号処理等に関する新たな枠組みが 同分野から生まれつつあり、他分野とのより一層の交流も通じて、今後、さらに多くの研究者・学生の方々が、音楽情報処理の研究を始めることが期待される。 音情研と国内外の同研究分野の、今後のさらなる発展が楽しみである。

■参考文献

  1. PhD Theses and Doctoral Dissertations Related to Music Information Retrieval, http://pampalk.at/mir-phds/.
  2. 長嶋洋一, 橋本周司, 平賀譲, 平田圭二 編: bit別冊コンピュータと音楽の世界, 共立出版, 1998.
  3. 青柳龍也, 小坂直敏, 平田圭二, 堀内靖雄 監修: コンピュータ音楽, 東京電機大学出版局, 2001.
  4. 後藤真孝, 平田圭二: 解説 音楽情報処理の最近の研究, 日本音響学会誌, Vol.60, No.11, pp.675-681, 2004.
  5. Bryan Pardo, ed.: Special Issue: Music Information Retrieval, Communications of the ACM, Vol.49, No.8, 2006.
  6. Anssi Klapuri and Manuel Davy, eds.: Signal Processing Methods for Music Transcription, Springer, 2006.
  7. 菅野由弘: シリアス・ミュージックとしてのコンピュータ音楽, http://www.sigmus.jp/wp/?page_id=84.

注: 本コラムは、 情報処理学会誌 (Vol.48, No.9, pp.1046-1047, September 2007) に掲載された 音楽情報科学研究会(SIGMUS)の紹介記事 「研究会千夜一夜: 音楽情報処理の研究を始めませんか? — 音楽情報科学研究会(SIGMUS) —」 を、情報処理学会の許可を得て転載したものです。

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