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芸術系コンピュータ音楽研究の方向性とSIGMUSとの関係

工学技術を芸術系コンピュータ音楽(以下コンピュータ音楽)に応用することにより、新たな音楽の地平が開かれる、と信じて音楽研究を20年ほど前から始めました。一研究者として音響合成研究を行うとともに、これらの研究成果を取り込んだ音楽作品も発表してきました。2001年から2002年まで2年間主査を務めましたが、ここではコンピュータ音楽とSIGMUSとの関連について振り返り、今後のあるべき姿について考えを述べようと思います。

90年代にSIGMUS発足時は、コンピュータ音楽と音楽情報処理との融合という視点で学術コミュニティが形成されました。そして、音楽研究者とともに音楽家も研究会に参画し、研究発表と音楽発表が併設されることもよくありました。インターカレッジコンサートもこのころ誕生しました。また、研究者と音楽家とのコラボレーションは国際的なトレンドでもあり、ICMCはこれらの証となる代表的な学会でした。わが国での両者の交流の象徴として、早稲田大学でのICMC1993が挙げられます。こうした流れを受け、私が主査の時代、あるいはその前後にも、研究発表と同時にコンサート等の音楽イベントの開催に力を入れ、SIGMUSの冠でのコンサートなどの開催も行いました。

しかし、2000年代になってくると、音楽家は必ずしも自分たちの創作に直接役に立たない研究や、工学的に専門的過ぎて理解が困難な研究などに対して意義を見出すことができないと考えてか、次第に研究会から足が遠のくようになりました。また、研究者側も、音楽家の発表する音楽が自らの嗜好に合わない音楽であったり、音楽作品に対する言語的な説明が不十分であったりしたことが原因で、音楽発表をSIGMUSの必然的な活動とは捉えなくなっていきました。さらに、イベントとしてみたときにも、音楽発表はその準備の負荷が非常に大きく、研究発表とはバランスが取れず、両者が足並みを揃えることも次第に現実的ではなくなっていきました。

これは、SIGMUSだけに起こった現象ではありません。国際的に見ても90年代のICMCはSIGMUSとその活動内容は大分類似していました。しかし2000年代に入ると、それまでのICMCのミッションがいくつかに分割細分化され、NIME, ISMIR, DAFX, SMCなどさまざまな国際会議が誕生し、発展してきました。これらは、学会のテーマがICMCより狭い分より深く、コンサートがないか、併設されたとしても学会の主目的ではない位置づけでとなっています。その結果、90年代のICMCに見られたほどの学際性は失われて、学会は、一般学会のように研究者の専門家集団として再構成され、また、研究対象の音楽も、芸術的なコンピュータ音楽より社会と密接に関わっている音楽、より多くの人に愛好される音楽へと変化していきました。一方、ICMC自体は、新たな技術を取り入れる場としての役割は終了したように思います。主な研究者は参加しないのですから。またここでのコンピュータ音楽も大分確立されたように思います。ここでのコンサートの音楽は、新たな音楽というより、一つのジャンルを形成できるようになったと思います。また、このようなコンピュータ音楽を作曲する研究者はこの学会に残り、また作曲しない研究者は、ここへの出入りをしなくなりました。

このような状況で、今後の芸術的コンピュータ音楽研究がどのような研究姿勢をとるべきかを考えたいと思います。一つは、芸術音楽分野固有の技術テーマがあります。それはピッチ理論、コンピュータ音楽のためのコンピュータ言語、センサ技術応用、音楽応用システムなどです。これを徹底的に極めることが重要だと考えます。一方、この分野はSIGMUSのカバーする音楽研究分野全体よりは狭い技術分野しか扱わず、全体としては応用志向の研究になっていくでしょう。また、より人文学的な分野へとシフトしていくと考えられます。すなわち、それぞれの音楽家がコンピュータ音楽の美学的価値の追求を行うようになるでしょう。否定的な書き方をすれば、必ずしも社会の多くの人からは受容されていないコンピュータ音楽を扱う以上、美学的な視点でその音楽の必然性を回りに真摯に説く必要があると思います。なお、このことは、今後もコンピュータ音楽の音楽家がSIGMUSで発表されている新たな技術に興味を示さない、ということではありません。本来、ますます新たな技術を導入して新たな音楽を創作してほしい、と念ずるのは私だけではないと思います。しかし、両方向のコミュニケーションが取れなくなった結果、SIGMUSで発展している技術が簡単にはコンピュータ音楽研究分野に導入されにくくなっているのも事実です。

芸術的なコンピュータ音楽の分野の研究は、人文的要素と技術的要素を含んだ音楽研究の立ち上げが必要かと思います。また、これまでのSIGMUSの流れと異なり、人文系的側面も強くなり、相入れないところもあると思いますので、別の学会として活動することが望ましいと考えています。このような観点から、SIGMUSとは別の学会JSSA(Japanese Society for Sonic Arts)を2009年に立ち上げました。現在、90年代からの名残であるインターカレッジコンピュータ音楽コンサートとの12月の共催研究会の終了も取り沙汰されていますが、今後はこのような芸術系の学会や団体とは定期開催ではなく、テーマが合致するようであれば共催企画を行う、というようなゆるやかな関係を持っていけばよいと思います。このような芸術系音楽団体が、音楽を言葉で説明する姿勢を身につけること、またこの分野独自の技術をSIGMUSに輸出できるよう、足腰を強くして研究会活動が軌道に乗れば、SIGMUSとの時おりの共催も再度価値のあるものとして生まれ変わることでしょう。

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